マシャド・ジョセフ病モデルラットにおいて、対立遺伝子特異的な変異アタキシン3RNAの発現を抑制することで、神経細胞を保護することができる
ポルトガルのコインブラ大学神経科学・細胞生物学センターのルイス助教授らの研究(2008年10月に発表された、レンチウイルスベクターを用いた脊髄小脳変性症の遺伝子治療に関する論文)Plos One, 3, e3341 (2008)
マシャド・ジョセフ病は遺伝性脊髄小脳変性症3型で、世界で最も多い遺伝性のタイプです。原因遺伝子はMJD1遺伝子で、この遺伝子(設計図)からアタキシン3というたんぱく質が作られます。MJD1遺伝子は患者だけでなくすべての人がもっているのですが、患者ではこの遺伝子に異常があります。
私たちは、両親から一つずつMJD1遺伝子を受け継ぎます。すなわち2つのMJD1遺伝子をもっているわけですが、患者ではどちらか一方に異常があります。その結果、患者では正常なアタキシン3と異常なアタキシン3が作られるわけです。異常なアタキシン3が神経細胞にダメージを与え、やがて神経細胞は死んでしまいます。したがって、異常なアタキシン3を無くすことができれば病気が治ると考えられます。
MJD1遺伝子の情報はメッセンジャーRNAに写し取られ、その情報に基づいてたんぱく質(アタキシン3)が作られます。RNA干渉法という方法を用いると、MJD1遺伝子から写し取られたRNAだけを壊すことができます。そうすると、アタキシン3が産生されなくなります。この方法は今から5年ほど前にDavidson教授らにより報告されていました。ただこの方法の欠点は、異常なMJD1遺伝子のRNAだけでなく、正常なMJD1遺伝子のRNAも壊されることで、その結果として、正常、異常関係なくアタキシン3が作られなくなります。アタキシン3は細胞内のいらないたんぱく質の分解を助ける役割をもつので、なくなってしまうと困るわけです。
今回、ルイス助教授らは、異常なMJD1遺伝子のRNAだけを壊す方法を開発しました。この新しい方法を使うと異常なアタキシン3だけが細胞内からなくなり、正常なアタキシン3は影響をうけないのです(原理の詳細は専門的すぎるので省略します)。
ただこの方法を使えるのはマシャド・ジョセフ病患者の約70%だけです。この方法は患者の異常なMJD1遺伝子にだけある特徴を利用するのですが、30%の患者のMJD1遺伝子にはその特徴がないからです。
ルイス助教授らのRNA干渉法には、我々が使っているのと同じレンチウイルスベクターを用いています。アメリカのDavidson教授をはじめ、アメリカの多くの研究者がアデノ随伴ウイルスベクターを用いていますが、ヨーロッパではレンチウイルスベクターが好まれるようです。ルイス助教授とは一昨年、昨年とアメリカの学会で会って話をしていますが、そのときは今回の話は出ませんでした。今回の方法がいつ頃臨床応用されるのかはわかりませんが、研究は着実に進んでいるようです。
平井(2009/03/10)
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