羊土社・実験医学 2005年5月 Vol.23 No.8
「遺伝子レスキューマウス作出による小脳の
運動学習機構の解明」より
  ゲノム科学が急速に発展しヒトを含め、多くの生物の全遺伝子配列が明らかになった。今後の生命科学研究では、それらの遺伝子が生体においてどのような役割を果たしているのかを明らかにしていく必要があるが、これは遺伝子配列を明らかにするよりはるかに困難である。

未知の遺伝子の働きを解明するために、対象となる遺伝子を欠損させた「ノックアウトマウス」が作られている。作出したノックアウトマウスが何らかの異常を示せば、その遺伝子がノックアウトマウスで見られた異常に関与する器官の形成あるいは機能発現に重要な役割を果たしていることがわかる。

 しかし、多くの遺伝子は脳内はもちろんのこと、内臓や骨格筋などさまざまな領域で発現しており、どの部位の遺伝子が欠損したことがノックアウトマウスで見られた異常の原因となっているのかわからないことが多い。

 私は、この点を解決する手法の一つとして遺伝子レスキューマウスの作出が今後重要な位置を占めるようになると考えている。レスキューマウスというのは、ノックアウトマウスのある1つの領域、あるいは細胞群にのみ欠損している遺伝子を回復させたマウスである。

 これでノックアウトマウスで見られた異常のすべてあるいは一部が消失すれば、その部位(あるいは細胞群)においてその遺伝子が重要な役割を果たしていたことが明らかとなる。さらに遺伝子欠損した細胞と遺伝子レスキューさせた細胞を形態学的にあるいは生化学的に調べることで、その遺伝子の役割というのを、生体(行動)-細胞-ゲノムレベルで解明することが可能となる。

 特定の領域に限局した遺伝子のレスキュー法として(特に神経細胞の場合)、ウイルスベクターを用いる方法が極めて有効であると考え、我々は4年前からレンチウイルスベクターとアデノ随伴ウイルスベクターを用いて研究をすすめている。今後、ウイルスベクターを用いてレスキューマウスを作出するというアプローチの重要性が認識され、広まっていくと考えられる